空から見た相生市 1974年
Since 2004/09/09
Last updated on 2004/10/20
1974年11〜12月ごろの相生市の様子を、空からご紹介します。出典は、国土地理院のホームページで公開されている空中写真(航空写真)です。
当時、相生市の人口は42000人を上回り、翌1975年(12月末)には史上最高(43192人)を記録します。石川島播磨重工業椛叶カ事業所は最盛期で、従業員数は8000人を超えていました。相生市が最も輝いていた時代です。
市内のあちこちで都市基盤整備の大型土木工事が行われていました。しかしその多くはまだ始まったばかりで、古き良き時代の街並みも、そこここに残っていました。
下表の「写っている地域」の文字列をクリックすると、その場所の空中写真が開きます。写真からこのページへ戻るときは、ブラウザーの「戻る」ボタンをクリックしてください。写真のサイズは、サーバーの都合で、1枚250KB以下に抑えています。
写真は随時追加します。リクエストやご感想等はこちらの掲示板へ。 →とんび岩の掲示板
写っている地域 |
とんび岩のコメント |
土井ヶ谷(双中の東隣)にあった旧校舎です。双中はもちろん、 |
|
長池の堰堤の下(西)側はまだ公園になっていません。 |
|
コスモス通りができる前の赤坂地区です。 |
|
枠組みは現在とあまり変わらないようです。 |
|
| 埋め立て前の長池も写っています。 | |
電波施設の建物や、その建設に使われた索道の跡が見えます。 |
|
新幹線ホームや駅北のロータリーはすでにあります。 |
|
| 国道2号からJR在来線をまたいで相生市内へ入る玄関口です。 一部完成していますが、北(山手)方向へはまだ行けません。 |
|
造成工事中のようです。画面からは外れていますが、 |
|
| 陸(くが)の悪童連がプール代わりにしていた池はまだあります。 | |
JR在来線と国道2号に挟まれた騒音地帯に、まだ住宅がたくさん |
|
相生カントリー倶楽部のクラブハウス周辺も写っています。 |
|
中央小学校はまだありません。 |
|
現役の小学校です。 |
|
| 市立図書館や中央公園を建設するための造成工事が進行中です。 | |
| 白龍城も相生大橋もまだありません。250mトラックが懐かしい。 | |
| 佐方、千尋や相生産高もモチロン写っています。 | |
| 青葉台小学校は完成直後のようです。 | |
| すごい団地に見えます。外周地域では造成工事が行われています。 | |
| 3本写っている送電線鉄塔のうち、中央の1本がある辺りが 三角点のあるピークです。自動車道路はまだ出来ていません。 |
|
| 拡張工事中のようです。小河も写っています。 | |
| 県道5号(姫路上郡線)は旧道で、現在の真広交差点は まだありません。 |
|
| 播磨テクノラインができる前の姿です。北よりも東(榊)へ続く 道路の方が幹線のようです。羅漢の里も写っています。 |
|
| 棚田や畑はまだ耕作されているように見えます。 | |
| 江戸時代から大正末期にかけて、矢野町の最北部にあった村です。 相生市史第4巻の「忘れゆく村々(p292〜)」に紹介されています。 |
|
| 昭和40年代に黒蔵村へやってきた大阪の新興宗教信者が、ここで 養豚業を営んでいました。そのころの建物が鮮明に写っています。 |
|
| もちろん埋め立て前。皆勤橋も写っています。 | |
| 相生中学校は野瀬へ移転した後です。 | |
| 相生中学校が目立ちます。 | |
| 東部工業団地は、野瀬から葛ヶ浜にかけての海岸線をカベ島の 位置まで埋め立てて作られたものです。周辺の筏は、 IHIが船体塗料の実験に使っているものだと聞いたことがあります。 右下の陸上施設は相生市のし尿処理場です。 |
|
| 笠松岩に橋はありません。 | |
| 現在とあまり変わらないようです。 | |
| 火力発電所は敷地の埋め立て工事中のようです。 |