備中国分寺跡(岡山県)
Since 2010/07/21


 国分寺とは、奈良時代(8世紀)に朝廷が、地方政治での政教一致を狙って国ごとに造営した寺院。時代とともに衰亡し、創建当時の姿を現在に伝える伽藍はひとつも残っていないという(平凡社「世界大百科事典」による)。

 備中国分寺(岡山県総社市)もその例に漏れず、14世紀に焼失して廃寺となっていたが、江戸時代の宝永7(1710)年、増鉄(ぞうてつ)という僧がその跡地に、領主蒔田(まいた)氏の援助を得て、現在の日照山国分寺を建立した。

 吉備路のシンボル的存在の五重塔が完成したのは江戸時代末期の弘化元(1844)年。浦賀に黒船がやってきた時代だ。何故そんなときに、岡山県で唯一の五重塔が建てられたのか。いわく≠ェありそうで、気にかかる。

 2010年7月15日(木)、楯築遺跡へ行く途中に立ち寄ってみた。平日で大雨警報が継続中の天候でもあり、人影はまばらだった。

 老松の緑が鮮やかだった。

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  (写真はクリックすると大きくなります)

駐車場付近から望んだ五重塔

中門跡付近から見上げた山門

山門を額縁に見たてて撮った1枚

山門をくぐると右手に見える本堂

山門を入ると左手に見える五重塔

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