私的博物館
Since 2002/01/16
Last updated on 2010/01/14
| 我が家に転がっているガラクタの中から、素人目に「面白そうだ」と思った品物を選び出して、展示したコーナーです。写真はクリックすると大きくなります。展示品に対するご意見や情報を歓迎します。掲示板への書き込み、または管理者へのメールでお知らせ下さい。
◆ご意見等はこちらの掲示板へ →とんび岩の掲示板 |
| 日本刀(青龍軒盛俊) 戦前父が軍刀用に入手したものです。 銘文は表側が「防州岩国藩青龍軒盛俊」 裏側が「文久三年癸亥正月日」 長さは2尺3寸5分 銃砲刀剣類届出済(昭和26年9月19日) 詳細はこちら → 日本刀(青龍軒盛俊・作) |
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| 永代早引節用集 昔の「国語辞典」にあたる本です。奥付に、 嘉永2年(1849) 山崎美成著 江戸芝神明前 甘泉堂 泉屋市兵衛梓(印刷) とあります。 私の生家の土蔵で見つけました。 側面の落書きは「慶応元年三月」です。 「節用集」の詳しい説明はこちらのHPにあります。 → 辞書の世界(江戸時代篇) |
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| 矢立て 墨つぼに、筆を入れる筒がついた携帯用の |
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| 若狭野藩札 赤穂郡若狭野(現在の相生市若狭野)にあった 私が小学高学年時代に、古銭との物々交換で こちらをクリックすると関連ページが開きます。 |
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| 赤穂藩札 浅野家統治時代の赤穂藩藩札は、 この藩札は、浅野家の後に赤穂に入った 「菊屋」「 柳屋」などの文字も見えます。 これも私が小学生のころに、古銭との交換で |
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| メキシコ銀貨 戦争中に父が中国から持ち帰ったものです。 銀本位制だった中国では、メキシコ銀貨も 流通していたようです。裏面文字から、製造は 1897年ではないか?と考えます。サイズは、 戦前の2円銀貨や1ドル銀貨と同じです。 |
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| 満州国貨幣 父が大陸から持ち帰ったものです。 大同3年は1934年、康徳6年は1939年に |
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| 象牙彫刻 海外勤務していた弟が、みやげ代わりに 東南アジアのどこかで買ってきたものです。 台座裏に「大清乾隆」と彫られているので、 乾隆帝(在位1735〜95)の時代のものでは? と思っています。 |
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| 蛇腹式カメラ 木川光学の「GOTEX」です。昭和10年代の 製品で、父がこのカメラで撮った当時の中国の 写真が沢山残っています。次をクリックすると、 私がこのカメラで1965年に撮った写真が 開きます。 →コスモス通り今昔 |
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| 二眼レフ・カメラ 1954年発売の「Ricoh
flex Z」です。 |
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| モルホ蝶・標本 1987年7月に、私がペナン(マレーシア)の |
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| かんざし 生家の土蔵にあったもので、詳しいことは |
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| クシと髪束金具 生家の土蔵にあった品々で、詳しいことは |
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| 手押し除草機 50年ほど前に稲作(水田)で盛んに使われた農具です。農薬(除草剤)や田植機の普及とともに姿を消しました。田植機で植え付けした水田では、植え付け方向に直角の方向には押せないので、株間に雑草が残ってしまうのです。写真は1955年ごろに我が家で使っていた1台です。当時私は小学生でしたが、夏休みの炎天下に、これを使って除草作業の手伝いをした記憶があります。 |
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| 東郷平八郎
陶像 高さ約40cm。銅像のように見えますが、焼き物 です。祖父から、「限定何百体かで製作された ものだ」と聞いています。 詳しくはこちら。 →東郷平八郎 陶像 |
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| 大正デフレ時代の古新聞 祖母の遺品のタンスの引き出しで下敷きに使われていた古新聞です。日付は大正15(1926)年2月1日(月曜日)。大正15年はいわゆる「大正デフレ」の真っただ中で、「昭和恐慌」に突入する前夜にあたります。関東大震災が起こったのが3年前(大正12年)、世界大恐慌が始まるのが3年後です。詳細はこちら →大正デフレ時代の古新聞 |
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| 足踏み脱穀機 昭和20年代の末ごろまで我が家で使用していた脱穀機です。廃棄処分したときに記念に残した銘板や主要部品をこちらで展示しています。 →足踏み脱穀機 |